2011年09月15日

月を抱いて眠る

「月を抱いて眠る」

 誰かに後をつけられている気がして振り返ると月であった。おいで、と手招きすると、月はスススと降りてきて僕の腕の中で収まった。バスケットボール大の大きさだった。見事な満月で、抱いた腕が仄かに温かい。

 僕はソファーに座り、月は僕の膝の上に座る。球面を撫で、特にクレーターの凹んだ部分を掻いてやると月はとても喜ぶ。
 テレビでは突然月が消失したといって連日連夜の大騒ぎである。
「帰らなくていいの?」と訊ねると月はぐっと体を押し付け拒否の意を示す。

 ある晩、月が夜空を見上げているのを見つけた。三日月である。月は僕に気付くと振り返り、僕に体をぐりぐりと押し付ける。

 月を抱いて眠るとき、月の事情というものを考える。きっと僕には伺い知れない事情があるのだろうと思う。
 これは決していつまでも続く暮らしではない。
 けれど、安心しきった風に体を投げ出す月を見てしまうと、せめて眠っている間だけは、と思ってしまう。

***

いつまでも胸を揉む話がトップにあるのはしのびない。
posted by いさや at 00:27| Comment(2) | 書き物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月07日

1000人の胸を1回ずつ揉むのと1人の胸を1000回揉むのとではどちらが貴いのか

「1000人の胸を1回ずつ揉むのと1人の胸を1000回揉むのとではどちらが貴いのか」

「召集ー」
 頭の中の小人を100人だけ集める。
 まず一人ずつに、上記の問いかけに答えてもらう。
 その後、彼らには帽子を渡して被ってもらう。帽子の色は赤色と青色の二色である。帽子の色は問いの答えと対応したものであるが、問いに対する回答と帽子の色の対応関係は明確ではない。さらに、彼ら自身は自分が何色の帽子を被っているのかを知らない。
 小人たちにルールとして提示したのは、以下の項目である。

 一、他の小人との会話やそれに準じた意思伝達行為の禁止
 二、自分の帽子を脱いで色を確かめる行為の禁止
 三、小人全体で一度だけ私に質問することができるが、その回答は質問した一人にしか知らされない

 これだけを約束させた上で、小人たちには自分の帽子の色が何色であるかを推測させた。

  *

 まず小人たちが行ったのは、自分の周囲の者たちの観察である。皆が何色の帽子を被っていて、意見の比率がどの程度であるのかがここから推測することができる。そこで彼らが最初に自問することは、果たして自分はメジャーであるかマイナーであるか、ということだ。
 もしも比率が極端であれば、自分の信念がより一般論に近いあるいはかけ離れていると信じることができる場合には、かなりの蓋然性で以て自分の帽子の色を推測することができただろう。しかし動きがないところを見れば、帽子の色の比率はおおよそ拮抗していることがわかる。
 このままでは事態が動かないので、次に小人たちは私に質問することを検討する。しかし一切の意思伝達行為を禁じているために、誰がどのような質問をするのかを議論し決定することができない。従って、各々が独自の考察の結果最適であると信じられるような共通の質問を考える必要が生じる。それが唯一のコンセンサスを得る手段である。
 長い沈思黙考の末、最初の一人が私の前に進み出る。彼は私に質問をし、私はそれに答える。
 答えを得た小人は群れの中に戻ると、自分と帽子が色違いの一人を選んで手を握った。
 手を握られた小人は、握ってきた小人の帽子の色を見て、それと同じ小人の手を握る。
 かくして赤色、青色、赤色、青色、と並んだ帽子の列ができ、最後に赤色の帽子の数人が残る。
 このような操作の結果、とうとう彼らは自分の帽子の色が何色であるかを知ることができた。

 ところで自分の帽子の色を知るという目的の下では一致団結した小人たちが、上記の問いに立ち返って一たびディベートを開始すると途端に険悪な雰囲気になる様は、なかなか考えさせられるところがあるものである。

***

つい一時間ほど前に「このテーマで書け」と言われたので。
フットワークは軽ければ軽いほど良いものです。
posted by いさや at 01:01| Comment(2) | 落書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする